ディアンジェロを初めて聴くなら、まずは『Brown Sugar』から。1曲選ぶなら「Lady」をおすすめします。歌を入口にしながら、ベースや鍵盤のやり取りにも関心を広げられる一枚です。
ただし、それが唯一の正解ではありません。リズムや演奏の面白さに惹かれるなら『Voodoo』、ギターを入口に作品の背景まで知りたいなら『Black Messiah』から始めるのもよいでしょう。
この記事では、1995年の『Brown Sugar』、2000年の『Voodoo』、2014年の『Black Messiah』を、代表曲と制作にまつわるエピソードから紹介します。「名盤だから聴くべき」で終わらず、自分が好きになれそうな一枚を見つけるための入門ガイドです。 [1]
初めてのディアンジェロ、どのアルバムから聴く?
3作品には、歌、演奏、リズムが互いを引き立てる面白さがあります。そのなかで、どこに興味を持ったかによって最初の一枚を選んでみましょう。
| 作品・初出年 | こんな人へのおすすめ | 最初に聴く一曲 |
|---|---|---|
| Brown Sugar(1995) | まずは歌とメロディーから入りたい | Lady |
| Voodoo(2000) | リズムや楽器の組み合わせを楽しみたい | Spanish Joint |
| Black Messiah(2014) | ギターやバンドの表現、作品の背景に興味がある | Really Love |
これは作品の優劣ではなく、聴き始めるための目印です。気に入った曲があれば、そこからアルバムへ。制作背景を知る楽しさは、そのあとについてきます。
ディアンジェロとは?ネオ・ソウルを知るための一人
ディアンジェロ(D’Angelo)は、1974年に米ヴァージニア州で生まれたシンガー・ソングライター/プロデューサー。鍵盤、ギター、ベース、ドラムなども手掛け、歌と演奏の両方から音楽を作った人です。2025年10月14日に亡くなりました。 [1] [2]
彼を知るうえで欠かせないのが、1990年代に注目されたネオ・ソウルという潮流です。大まかには、ソウルの歌や生楽器の感覚を、ヒップホップ以降のリズム感と結び直した音楽と捉えると分かりやすいでしょう。ディアンジェロは、その中心的な存在の一人でした。 [1] [4]
昔のソウルをそのまま再現するのでも、完成した歌にヒップホップ風の伴奏を添えるだけでもない。作り手たちの証言をたどると、歌と楽器をどう組み合わせるかという発想そのものに、面白さが見えてきます。
『Voodoo』と『Black Messiah』は、いずれもグラミー賞の最優秀R&Bアルバムを受賞しています。ただ、評価の高さを知ることと、自分がその音楽を好きになることは別の話。ここからは、3作品それぞれの個性を具体的な曲とともに見ていきます。 [3]
『Brown Sugar』|歌の魅力とヒップホップの感性が出会う
1995年発表のデビュー作『Brown Sugar』。ハモンドオルガンを生かした往年のソウルのスタイルに、ヒップホップの感性が結び付いた作品です。ネオ・ソウルの背景を知るうえでも、大切な一枚といえます。 [4]
最初の一枚に薦めたいのは、歌から演奏へと関心を広げられる作品だからです。表題曲「Brown Sugar」では低音のフレーズが曲作りを動かし、「Lady」では二人の演奏のタイミングが重要になる。歌の魅力と伴奏の工夫は、別々の話ではありません。
「Brown Sugar」——曲の始まりは、ひとつのベースライン
表題曲を共同制作したのは、ア・トライブ・コールド・クエストのアリ・シャヒード・ムハマド。彼のインタビューには、曲が生まれた瞬間の話が残されています。機材の不調で作業が止まっていたとき、ディアンジェロが弾いたベースラインがきっかけとなり、別の作業からこの曲へと制作が動き出したのです。 [5]
完成した曲からは見えにくい、何気ないひとつのフレーズ。その発想が、やがて歌を含めた一曲になったと知ると、低音は単なる脇役ではなくなります。
歌に惹かれて聴き始めた人も、このエピソードを知ったあとには、曲を支える繰り返しが気になるかもしれません。作曲の始まりが、聴く楽しみをもう一つ増やしてくれる曲です。
「Lady」——二人の呼吸が作るリズム
「Lady」でドラムとベースを担当したラファエル・サディークは、ディアンジェロが鍵盤を弾き、二人で演奏を作ったと語っています。拍から外れない範囲で、どこまで後ろに音を置けるか。言葉で打ち合わせるのではなく、演奏しながら互いの感覚を探っていたそうです。 [6]
ここで面白いのは、ゆったりさせるために、ただテンポを落としたという話ではないことです。同じ拍を共有しながら、音を置くタイミングに余裕を作る。サディークの証言は、リズムを数字だけでは説明しきれない理由を教えてくれます。
低音の発想から曲が生まれた「Brown Sugar」と、二人の演奏の呼吸を伝える「Lady」。この二曲を並べると、歌の後ろにあるリズムもまた、曲の主役なのだと考えたくなります。歌を好きになったあとにも楽しみが広がることが、このアルバムを薦めたい理由です。
『Brown Sugar』を試聴する
こちらの試聴は作品選びの参考としてご利用ください。掲載しているレコードとは、収録内容やバージョンが異なる場合があります。
レコードで楽しみたい方は、Prime Recordsの商品ページで、掲載盤の仕様とAmazonへの購入リンクをご覧いただけます。
『Voodoo』|声と楽器が、一つの演奏になる
2000年に発表された2作目『Voodoo』では、前作から制作方法が変わりました。ディアンジェロはクエストラヴとの対談で、『Brown Sugar』の多くを自宅のデモから作った一方、『Voodoo』では演奏者たちと長く音を出し、そのなかから曲を見つけていったと振り返っています。 [7]
この違いを知ると、『Voodoo』は歌と伴奏を別々に捉えるよりも、声を含めた演奏全体に注目したくなります。一人が考えた曲を仕上げることに加え、演奏のやり取りから生まれるものも曲作りの材料になる。その視点で前作と聴き比べるのがおすすめです。
よく使われる「グルーヴ」という言葉も、ここでは、繰り返すリズムのなかで声や楽器のタイミング、間が作る動きと考えれば十分です。全部の音を同じ位置に揃えることだけが、気持ちのよいリズムを作る方法ではない。本人が語るヒップホップ由来の感覚も、この作品を知る手掛かりになります。 [7]
「Spanish Joint」——ギターとベースを、一人で同時に
録音・ミックスを担ったラッセル・エレヴァドによると、「Spanish Joint」でチャーリー・ハンターが弾いているのは8弦ギター。ギターとベースのパートを、同時に演奏しています。しかも、録音で採用されたのは最初のテイクだったといいます。 [8]
低音とギターが、別々の演奏者の掛け合いではなく、一人の手から生まれている。そう知るだけで、この曲の演奏への興味は大きく変わります。
採用されたテイクの話も、演奏の最初の勢いと、作品として残す判断を結び付けてくれます。『Voodoo』の制作を、完成した設計図の再現だけでは捉えられないことが伝わるエピソードです。
「The Root」——一人の声が、いくつもの声になる
「The Root」の声の重なりについて、エレヴァドは、録音をコピーして増やしたのではなく、一つひとつ歌って重ねたと説明しています。重なっているのは同じ音の複製ではなく、その都度の歌唱なのです。 [8]
歌はメロディーを伝えるだけでなく、曲の空間を作るものにもなる。この制作方法は、ディアンジェロを「歌のうまい人」というだけでは捉えきれない理由の一つです。声をどう録り、どう重ねるかまでが、作品づくりにつながっています。
「Untitled (How Does It Feel)」——歌い手としての魅力へ
演奏や録音の話が尽きない『Voodoo』ですが、歌そのものを入口にするなら「Untitled (How Does It Feel)」を薦めます。ディアンジェロとサディークの共作で、2001年のグラミー賞では最優秀男性R&Bヴォーカル・パフォーマンスを受賞した曲です。 [3]
「Spanish Joint」では演奏の仕組み、「The Root」では声を重ねる発想、そして「Untitled」では歌い手としての表現。同じアルバムでも、惹かれる場所は一つではありません。
『Voodoo』は、仕組みを理解してから楽しむための音楽ではなく、気になった音から何度でも入り直せる一枚。歌に惹かれたあとに演奏へ、演奏に驚いたあとに声へ。その行き来を楽しみながら、時間をかけて親しみたいアルバムです。
『Voodoo』を試聴する
『Black Messiah』|個人の歌と、社会への視線
3作目『Black Messiah』が発表されたのは2014年12月。『Voodoo』から約15年を経て、名義はD’Angelo and The Vanguardとなりました。ケンドラ・フォスターやQティップが作詞に参加し、クエストラヴ、ピノ・パラディーノ、ジェームス・ガッドソンらも演奏に加わっています。 [9]
長く待たれた復帰作であると同時に、この作品で大切なのは、タイトルに込められた考えです。発表時の本人声明によれば、「Black Messiah」はディアンジェロ自身を救世主と呼ぶ言葉ではありません。ファーガソンなどの抗議運動に触れながら、変化を求めて立ち上がる人々を指すと説明されています。 [9]
一人の英雄を待つのではなく、人々の側に変化を起こす力を見る。その背景を踏まえると、ラヴソングと社会へ向けた歌が同じ作品に収められていることにも、目を向けたくなります。
「Really Love」——ギターから始まる最初の一曲
『Black Messiah』から最初に選ぶなら、「Really Love」をおすすめします。ギターの導入を入口に、歌へと進める曲です。 [9]
エレヴァドの制作証言では、クラシックギターを弾いたのはマーク・ハモンド。パラディーノのセミアコースティック・ベースは、ウッドベースに近い響きを目指して録ったといいます。 [10]
誰が弾いたかに加え、その音をどう届けようとしたかにも、作品の個性がある。ギターと低音をめぐるこの話は、演奏と録音が一緒になって一曲を作る面白さを伝えてくれます。「Really Love」は、2016年のグラミー賞で最優秀R&B楽曲を受賞しています。 [3]
「Sugah Daddy」——一緒に演奏するところから生まれた曲
「Sugah Daddy」は、ディアンジェロ、パラディーノ、ガッドソンによる2008年のセッションから生まれたと、エレヴァドは振り返っています。楽曲の作曲者としても、この3人の名前が並んでいます。 [10] [9]
ここには『Voodoo』ともつながる、複数の演奏者が音を出すところから曲を育てる発想が見えます。長い制作期間を、ただ待つだけの時間として捉えるのではなく、その間にどんな共同作業があったかを知る手掛かりになる曲です。
歌に寄り添う低音やリズムを、完成後に添えられた背景ではなく、曲が生まれる場にいた演奏として捉える。制作の経緯を知ることで、伴奏にもそれぞれの作り手の存在が見えてきます。
「The Charade」——発表年だけでは語れない背景
「The Charade」について、共作者のケンドラ・フォスターは、2011年に書いた曲だと語っています。人種差別へ向けた視線は、アルバムが出た2014年の抗議運動よりも前から、この曲にありました。フォスターは歌唱にも参加しています。 [11]
そのため、この曲を特定の出来事への即座の反応だけで説明すると、制作の時間が見えなくなります。発表されたときの社会と結び付く一方で、それ以前から書き手たちが抱えていた思いもある。作品の背景を知ることは、その両方に目を向けることです。
「Really Love」のラヴソング、「Sugah Daddy」を生んだ演奏者たちのやり取り、そして「The Charade」の社会への視線。『Black Messiah』を一つの印象にまとめずに聴くための、三つの入口になります。
3作品を比べるなら、歌とリズムへの関心が、共演者との表現や歌詞の世界へ、どのようにつながっていくか。『Black Messiah』は、前2作との共通点と変化を考えながら聴きたい一枚です。
『Black Messiah』を試聴する
レコードで探すときは、作品の発表年と盤の仕様を分ける
気に入った作品をレコードで探すときは、アルバムが最初に発表された年と、購入する盤の発売年を分けて確認しましょう。同じ作品でも、再発盤の仕様や収録内容が異なることがあります。
今回案内しているPrime Recordsの商品は、『Brown Sugar』『Voodoo』ともに2015年の2LPです。細かな仕様や品番は、それぞれの商品ページにまとめています。
また、『Brown Sugar』には2017年に発表された2枚組CD/デジタルのデラックス版があり、リミックスやアカペラなどが追加されています。こうした追加内容を、すべてのLPに共通する仕様と考えないことも大切です。 [12]
欲しい収録内容と盤の仕様が合っているかを確かめ、価格と在庫は購入先の表示で確認する。音楽を選ぶ楽しさはそのままに、盤ごとの違いは商品情報で押さえておきましょう。
まず一曲、それから好きな一枚へ
歌から入りたいなら「Lady」、演奏の仕組みに興味が湧いたなら「Spanish Joint」、ギターと歌を入口にしたいなら「Really Love」。最初の一曲は、そのくらい気軽に選んで構いません。
「どれが一番か」を決めなくても、3作品それぞれに好きになる理由は見つけられます。歌い手として、演奏者として、そして曲を作る人として。ひとつの曲に惹かれたあとにも、ディアンジェロを知る楽しみは続いていきます。
まずは気になった一曲を。もっと聴きたくなったら、その曲が入っているアルバムを。制作の話を思い出すのは、次に聴くときでも遅くありません。
ほかのアーティストにも興味が広がったら、Prime RecordsのR&B特集へ。ディアンジェロの一枚から、次に聴きたくなるレコードを探してみてください。

